言語

生命・言語の仕組みを知る”オンライン家庭教師”

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生命、言語の仕組みを知ろうと思ったら、知識に頼るだけではなく物事の源まで遡って考えることが大事なのですね。

いろいろな問題を考え、議論しようと思ったら、どうしても起源に遡っていかざるをえません。サルは言葉をしゃべるかなんていうことは、面白おかしく話題にするだけでもいいのですけど、本当はどうかなと考え始めると、そもそも言語とは何か、ヒトはなぜ言葉をしゃべれるようになったのかと、起源まで突き詰めていかなが出てきません。

生きていく上で知識は多い方がいいに決まっています。ネアンデルタール人はどんなな人たちで、脳の大きさはどのくらいで、いつ頃滅びてきったのかは、知らないよりは知っていた方がいいのです。その方が問題に対するもっともらしい仮説にたどり着きやすいし、知識がないと面白いアイデアも生まれません。

だけど、本当に世界の仕組みを知ろうと思ったら、細かい知識や計算でつじつまを合わせても答えは出てこなかったりします。

たとえば、物理学の世界では、相対性理論と量子論を統一させた理論を作ろうという模索が近年ずっと続いており、多くの学者がこの研究に取り組んでいます。だけど、まだ答えが見つかっていません。一般相対性理論では量子の計算がどうしてもできず、量子力学では時間と空間の計算ができないからです。

これも非常に興味深いテーマです。しかし、どうも研究の大枠が違うのではないという気がしてならないのです。われわれは、もしかしてとても大きな解釈の間違いをしているのかもしれない。相対性理論と量子論の統一はつじつま合わせでできるものではなく、もっととんでもない仮説が先に出てくる必要性があるのではないでしょうか。

天動説から地動説に移行したときがやはりそうでした。現代では天動説なんて信じれる人はいないけれども、昔は天動説が当たり前でした。ところが、地球が真ん中にあって太陽や他の星がその周りを回っていると考えると、どうしても説明できない天体の動きが出てくる。火星が逆行するなんてことが起きてしまうわけです。

昔の天文学者はこの謎をなんとか説明しようと、苦肉の策をめぐらしました。当時の理論を表面的に操作し、小手先のつじつま合わせで惑星の逆行を解釈しようとしたのです。

でも、それがどうだったでしょうか。地球の周りを星が回っているのではなく、太陽の周りを地球が回っているのだと説明するだけで、スパッと答えが出てしまいました。ときどき、火星が逆行するように地球から見えるのは、公転の軌道の大きさが違うからです。地球は一年かけて公転しますが、火星はその外側の軌道をおよそ一年かけて回っている。だから、地球が火星を追い抜くとき、火星は逆行しているように見える。それだけの話でした。

オンライン家庭教師をしていてこういった生徒の疑問にもしっかり答えるようにしなければいけません。

 

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世の中の仕組みを知る楽しさはわかりました。勉強するもう一つの意味、世界をよりよくすることについて具体的に教えてください。

たとえば、脳死の問題があります。脳死は「人の死」でしょうか?

 

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日本でも脳死は人の死と認められているのではありませんか。

そうでもありません。日本の臓器移植法では、脳死状態になった人が臓器を提供する意思を示しており、しかも家族が臓器の摘出に同意するか、または家族がいない場合に限って脳死を人の死と認めています。脳死そのものを死と認めるかどうてはグレーなままです。死の定義という重大な問題を日本人は曖味に放置したままだとも言えます。

 

前回の記事はコチラ→【猿は人の言語を話せるのか?

 

サルは言葉をしゃべれるでしょうか?

では、続いてもう一問出してみましょう。サルは言葉をしゃべれるでしょうか?

 

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訓練したら、しゃべれるようになるのではありませんか。

オウムや九官鳥みたいに人間の声色が使えるかということとは違います。言語を使えるようになるかということです

 

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それなら無理でしょう。威嚇の手段や警戒の合図、愛情表現などで吠えたり、うなったりはできるとしても、世界の姿を自分の頭の中で構築していく仕組みが言語だとしたら、サルには言語の構造を組み立てていくことはできないと思います。群れの中で身近な物、例えば石を「石(いし)」と呼ぼうという具合に名前をつけていくこともできないでしょう。

確かに言語は、まず自分の存在を意識することから始まります。でも、世界をとらえることは一部のサルには可能です。人間がチンパンジーにバナナを見せて、「ウー」と一回うなってやると、利口なチンパンジーならバナナと「ウー」といううなり声を結びつけて考えるようになります。ゴリラを訓練したら、言葉をしゃべれるようになったとする研究報告もあります。

ただ、ここで問題としているのは、サルが自ら言語を獲得できるようになるかということです。つまり、この質問は、言語はどうやって生まれたのかという命題に行き着くのです。

人類が言語を手に入れたのは、そんなに昔のことではありません。せいぜい五万年ほど前、ちょうどクロマニョン人(新人)が繁栄し始め、ネアンデルタール人(旧人)が消えていった境目の頃と考えられています。

クロマニョン人は言語をもっていました。一方、ネアンデルタール人はクロマニョン人ほど完成された言語をもっていなかったとされています。集団の中で合図を交わす程度のことはできたようですが、この能力はチンパンジーやゴリラなどの類人猿とあまり差がなく、言語と呼べるようなものではありませんでした。

けれども、ネアンデルタール人の化石から脳の大きさを推測してみると、彼らの脳は決して劣っていなかったことがわかっています。容量としてはクロマニョン人より大きいぐらいです。では、なぜ彼らは言語をもてなかったのでしょうか。

 

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骨格上、ネアンデルタール人には、明瞭な発声機能がなかったという話をいたことがあります。

発声の問題はあったにしても、そのことと言語の獲得は別の話でしょう。

もう少し考えてみて下さい。五万ほど年前、地球上に住むクロマニョン人の中で最も知能の高い一人が言葉をしゃべり出し、それが全世界に伝播していくというようなことが果たして起きうるでしょうか。そんなことは不可能ではありませんか。

いつだったか、この問題を考えていて、ふと気付きました。言語は作られたものではない。これは同時多発だ。あるとき、突如として一斉にしゃべりだしたのだと。

今、人類の間で話されている言語を考察してみましょう。言語は地域によって異なり、その民族にとって固有の文化だとされています。単語が違い、文法が違う。では、文法の大元、言語を言語として成り立たせる根本の法則はどうでしょうか。これについては、だいたいとの言語も同じようなものではないかと考えられるのです。

わかりやすく数式で表してみましょう。

1から4までの整数を足すと10になる。これを数式で表現すると、「1+2+3+4=10」となります。「4+3+2+1=10」「1+4+3+2=10」などと数字の順番を入れ替えても、表していることは変わりません。あるいは、「1+(2+3+4)=10」「(1+2)+(3+4)=10」などとカッコを使って表現しても、答えは10と不変です。

実は諸言語の文法にはこのぐらいの差異しかありません。単語の違いを除けば、あとはどの順番で何を話すかぐらいの違いぐらいしか見当たらない。でなければ、ある言語を別の言語に翻訳することなど不可能ということになります。

世界中にある言語の基本法則はどれも同じ。だとすれば、これは人間のだれかが意図的に作り出せるものではありません。名詞などの単語ぐらいは話し合いで決めることができても、さまざまな単語の並べ方、文法を作り出すことはできない。それは1+1=2という法則を人間が作れないのと同じです。
オンライン家庭教師サービスを行っている私も、子供達も、子供達の親もみんなです。

このことはさっき話した生命の誕生の瞬間と似ています。すべてのクロマニョン人は、あるとき同時に言語をしゃべれるようになった。だれかが言語を獲得し、だれかに話し方を教えたのではなく、言語はある瞬間を境にヒトの脳の中に創出された。言語体系が生まれる「型」みたいなものが脳にあり、それがあるときヒトによって発見されて、一斉に動き始めたとしか説明できません。あるいは、感覚的知覚の延長線で、言語が誕生したのではないでしょうか。

ここまで考えると、サルに言葉は話せるかという問いに対する答えははっきりしてきます。クロマニョン人の脳には言語体系の「型」があった。ネアンデルタール人の脳にはそれがなく、その結果、ネアンデルタール人はクロマニョン人に取って代わられた。もちろんサルにもありません。

初めに述べたように、サルには物の区別、物と発声の結びつきぐらいは理解、習得できたとしても、文章を構成できないからです。したがってサルは言語を獲得できない。サルは言葉をしゃべれないという結論にたどり着きます。

このように物事を考えると、いろいろなことがわかりやすくなります。シンクロニシティという言葉を聞いたことがあるでしょう。これもサルの話です。ある海岸で一匹のサルがイモを洗って食べた。海水でイモを洗うと、土が落とせるだけでなく、イモに塩味がついておいしくなる。一匹がそうすると、周りのサルが真似をした。その海岸ではたくさんのサルがイモを海水で洗って食べるようになった。

ところが、ここから不思議なことが起きていきます。サルが海水でイモを洗って食べる。これとまったく同じ現象が世界各地で同時に観察されるようになるのです。もちろん、サル同士だから情報交換はできないし、海水でイモを洗うという知恵が、海を隔てた地域までそう簡単に伝播するわけがありません。だれが教えたわけでもなく、伝えたわけでもない。にもかかわらず、世界中のサルが、同時に海水でイモを洗い始める。これがシンクロニシティです。

人間が言語を取得した過程には、シンクロニシティが作用したという気がしてなりません。

 

前回の記事はコチラ→【雰囲気に任せて結論を急ぐべきではない