雰囲気に任せて結論を導き出すべきではない

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オンライン家庭教師 問題 宇宙

何となく雰囲気に任せて安易な結論を導き出すべきではない、と。

実を言うと、この問題は、「フェルミ・パラドックス」という名前を与えられて、専門の科学者たちによって論じられています。

現在のところ、宇宙が誕生したのは今から一三七億年ほど前と推定されています。その中に太陽系が生まれたのが、およそ四六億年前。そして生命が生まれたのは、およそ三九億年前。原核生命から真核生命、カンブリア紀の大爆発を経て生命は多様化し、一世を風靡した恐竜たちが滅んだ後は哺乳類がそのポジションを奪い、ネアンデルタール人からクロマニョン人に移行する形で、われわれの祖先が地球にはびこるようになりました。

ネアンデルタール人からクロマニョン人への移行は、およそ五万年前のこと。その頃、書き言葉を中心とした文化の発芽のような現象が生じました。クロマニョン人はネアンデルタール人から直接に進化したものではなく、交配は不可能。セックスしても子どもは生まれません。

ホモ・サピエンスと言われるわれわれの祖先が誕生して、まだ一七万年ばかりしかたっていないのです。宇宙の年齢を一年にたとえれば、人類は誕生して一〇分もたっていないことになります。

もし、われわれに先んじること一〇分で、知的生命がほかの天体に誕生していたとしたらどうでしょう。

われわれが過去一〇〇年間で成し遂げた文明の進歩と、その加速度的な速度を見るまでもなく、あと一〇〇年、二〇〇年で一体どれほど文明が進むか予測もつきません。三〇万年先、四〇万年先となれば、なおさらです。光速より早く移動できたり、宇宙全域と通信できたりする方法を開発している可能性は十分にあります。

もちろんオンライン教師でそのようなテーマを勉強するわけではありませんが少しだけ好奇心を持って耳を傾けて見てほしいのです。

 

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にもかかわらず、われわれは宇宙人のいる痕跡をまったく発見することができません。

宇宙に生命が満ちているとすれば、人間より先んじること一億年、一億年という知的生命体がいても当然であり、であれば移動や通信の手段を開発しているに決まっている。しかしわれわれは衆人環視のもとで宇宙人の来訪を歓迎したこともなければ、メッセージを受けたこともない。さて、この矛盾をどう考えるべきか、というのが、「フ・パラドックス」です。

この矛盾に関しては、さまざまな考え方があります。まず、「エイリアン」は既に地球に来ているというもの。

もしそうだとしたら、公の場での接触がなされていない理由として、次の点が考えられます。

 

……地球のDNAは、エイリアンによって実験的に移植されたものであり、彼らは自分たちの実験結果に精確さを期すために、徹底的な不干渉を決め込んでいる。

進化の模様をこっそり観察しているのであれば、彼らは絶対に姿を見せるわけにはいかなくなります。干渉したとたん、実験データに影響を与えてしまうからです。

 

……あるいはエイリアンは宇宙にいるけれど、時間的な制限のために地球に来ることができないでいる。

これは実に一般的な理由です。仮に光速で移動できたとしても、地球からもっとも近い恒星に行くまで五年もかかってしまうようでは、そもそも旅をしようという気が起きないでしょう。

 

……むこうはとっくに連絡をよこしているけれど、人間はそれに気付かないでいる。

宇宙からのメッセージを受けて、エイリアンとの接触を試みるという展開は、『コンタクト』という映画で描かれていますが、実際には、共通の言語の可能性が薄いという点で、困難があります。映画の中では通信に数学が使われていましたが、人間が使用している数学も一種の言語であり、共通である保証はありません。

 

……地球外知的生命は存在しない。

これは、矛盾に対するさまざまな考え方の真打ちです。ほくは、この可能性は捨てきれないと思っています。「UFOがいるかどうか」という質問を論理的にたどれば、必ず「生命はいかにして誕生したか」という問題に行き着きます。

大事なことは、普通の人が普通に流されるお決まりのコースから一度外れてみて、自分の頭で考えてみることです。生命誕生に関しては不思議なことがいっぱいある。不思議を解きほぐしていく作業はとても楽しいものです。そして思考する快感を覚えれば、次に何か別の問題に突き当たったときにも、人から与えられただけの知識に頼るのではなく、自分で深く思考する習慣がつきます。

 

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子どもの無邪気な質間に対して、親としてどう答えるかということとも関係がありそうです。

子どもは、ときどき本当に変な質問をするものです。自分が出会ったあらゆる物事に対して、不思議だなあという驚きの気持ちを抱き、興味をもちます。わが家の娘も一歳かニ歳ぐらいから「あれはなーに、これはなーに」と訊くようになりました。空はどうして青いの?」「月はどうして丸いの?」「タンポポはどうして黄色いの?」とか、物事の存在自体を真正面から訊いてきました。

そこでまじめに説明してもわかるわけがないし、いちいちまとわりついて騒がれると、親としてはつい面倒くさくなって、「うるさい! そんなことはどうでもいいの!」と質問をさえぎりたくなります。
オンライン家庭教師をしていてもやっぱりそんな気分にはなります。

物の存在自体を問うような質問には答えられません。答えられなければ、答えられないなりに、「そういうふうになっている」と言う方が姿勢としては正しいでしょう。だけど、「なぜ」「どうして」「どんなふうに」と訊いてくる質問には、なるべく正確に答えるべきです。必ずしも正しい答えである必要はありませんが、適当なおとぎ話のようなものを作って答えに代えてはけません。

 

前回の記事はコチラ→【UFOは実在するのか?

 

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