大学ではどんなことを勉強したのですか?オンライン家庭教師がない時代に

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オンライン家庭教師 大学

大学ではどんなことを勉強したのですか。

慶應義塾大学の文学部で仏文学を専攻したのですが、大学に入ってからは浪人中よりもっと勉強しました。なにしろ高校時代、ぜんぜん勉強しなかったものですから、自分は三年間何をやっていたのだろうとすごく後悔したのです。

ところが周囲を見回すと、どうも雰囲気が違う。作家志望で文学部に入学するような人間はごく稀のようでした。多くの学生は特に目標もなく、ただ受かったからという理由で文学部に入ってきていた。彼らは大学入学がゴールであって、勉強はもうおしまい。受験勉強であれだけ理解力・想像力・表現力を鍛え、まだまだ学ぶべきことはたくさんあるのに、いざ大学生活がスタートするとまったく勉強しなくなります。なんてもったいないことだろうと思いました。

大学時代は興味のある授業には何でも出席しました。いい成績での卒業が目的ではなく、すべては作家になるためのトレーニングでした。とりわけ哲学には興味をおぼえたので、沢田充茂先生の科学哲学のゼミに入りました。

科学哲学は科学的手法を応用した論理実証主義で、カントの時代には、「ここからは神の領域だからわからない」と言われていたところまで踏み込んで、現代社会における人間の存在を深く理解しようとする学問です。学ぶ上では物理や進化論とか分子生物学、遺伝子学などさまざまな生命科学、場の理論や複雑系など先端科学についての理解が必要となります。

たとえばカントは、人間の認識の中にある「アプリオリ」なもの(生まれたときに既にもっていたもの)は、どのように成立したかと考えました。しかし、カントの生きた一八世紀には、このような問題は神とかかわるものであり、神は人間の経験を超えた存在である以上、これを論じることはできないと、判断を保留したのです。判断を中止することを、哲学用語では「エポケー」といいます。

しかし、時代は進み、科学文明が発達すると、かつては神の領域にあったものに対して、光が当たり始めます。人間の認識の中にある「アプリオリ」なものの形成が、進化論、遺伝学、分子生物学、動物行動学、量子力学、相対論、言語分析など、科学的な手法によって、ある程度明らかにされてきたのです。ですから、科学を知ることなしに、人間の本性を考えたり、哲学を論じるのは不可能ともいえます。ギリシャ時代から、哲学者はイコール物理学者、数学者でもあったのですから、考えるまでもなくこれは当然のことなのです。
オンライン家庭きょうはもちろん昔の時代にはありませんでしたので今は恵まれている時代と言えます。
 

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哲学というと、一般的には思想のようなものをイメージするケースが多いように思います。

哲学を理解するためには、科学的な態度が必要であることを、沢田先生のゼミによって学びました。目から鱗が落ちるような新鮮な体験だったのを今でも覚えています。

そもそも仏文学を専攻していたぼくが、卒業するための単位とはまったく関係のな哲学科のゼミに参加したのは、「人間には意志の自由があるのか」という問題に悩でいたからです。考えを推し進めていくと、どうしても「人間には根本的に意志のがない」という結論に行き着いてしまう。ところが、自由があってほしいという願望が邪魔をするのか、この結論がどうも納得できず、ぼくは矛盾に悩みました。

当時の思考を簡単に紹介するとこうなります。たとえば、二〇歳の青年が、人生における重大な選択を行ったとしましょう。どの大学に進むか、専攻は何にするか、いま付き合っている彼女と結婚するかしないか、といったようなことです。そのAかBかの選択を左右する要因は、生まれつきの肉体的特徴と、努力によって培われた能力を含めた性格であり、決断を下すときの環境や偶然です。

彼の性格は、生まれもったDNAに二〇歳まで生きてきた経験の総体がプラスされることによって形成されます。経験とは、二〇歳に至るまで無数に行われてきた選択の積み重ねとその結果です。となると、ここから導き出される結論はひとつ、彼が下す選択は彼のもとを離れ、手に負えないものになってしまっている。要するに彼本来の意志を働かせる隙間がない。

二〇歳のときのある決断は、両親や兄弟姉妹、親しい友人たちの助言などを含めた、そのときの環境や、偶発的な事件などによって左右されます。アルベール・カミュの小説『異邦人』の中で、殺人を犯した理由を問われ、主人公のムルソーは「太陽のせい」と、とんちんかんな受け答えをします。このあたりの問答を指して『異邦人』は不条理な小説と呼ばれています。しかし、考えてみれば、じりじりと照りつける強烈な日差しが、銃の引き金を引くきっかけにならないとも限りません。人間を殺す、殺さないの選択には、主体を取り囲む環境が作用する場合があります。

環境というものは自分の意志ではどうにもならない。性格もまた、生まれつきのDNAと環境を含めた経験の蓄積によって形成されます。とすれば、たとえば二〇歳の選択は一九歳までに為された選択の蓄積(努力が報われたか否か)によって左右され、一九歳の選択は一八歳までに為された選択の蓄積によって左右されることになる。可能な限り遡っていくと、生まれる瞬間に行き着く。

出自。これは生まれてくる本人にはどうしようもないことであり、完壁に受け身的です。生まれる本人は、父と母と、彼らを取り巻く環境を選ぶことができない。生まれる月日(星座)も、誕生の瞬間の朝夕も、選ぶことができない。ただ、受け身的に押し出されてくるのです。生まれるという行為に自分の意志を働かすことができない以上、人間はその後も意志の自由を失ったままの、受け身的な存在を貫くことになてしまいます。

つまり人間は、根本的な意志の自由をもたない。少なくとも、自由意志を発揮できる範囲は相当に小さく限られている。放っておけばペシミズムに陥らざるをえないこの結論を、ポジティブな生き方に変える方法は何だろうかと考えました。「なんだ、つまんない。意志の自由がないのなら、何をやっても同じじゃん」と、ふて腐れることなく、前向きに生きていく方法が必ずあるはずです。

そこでぼくは、あえてこれに闘いを挑むことにしました。

いかなるシチュエーションにおいても自我をきちんともち、自分の意志を発揮できる瞬間が来たら逃さず、これを最大限利用しようと決めました。日本人は特に、自我を殺して共同体がもつ雰囲気に合わせ、無言の圧力に負けて流されがちです。意志の自由を働かせるチャンスが極めて小さいと意識していれば、そんなにもったいないことはできないはずです。わずかな隙間に楔を打ち込み、腕力で広げて、自分でしかなしえない意志の痕跡を注入しようとするはずです。不合理や曖味さに身を任せていたら、チャンスは失われるばかり。

大学の頃にふとそんなことを思いつきましたが、生きる態度としては今も変わっていません。むしろ、小説を書いて表現することによって、先鋭化したように思えます。

 

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当のフランス文学についての勉強の方は。

当時の慶應の仏文には、永井旦先生のフランス語の原書講読のクラスがあり、大変ためになる授業でした。

永井先生がテキストとして使ったのは、ジャン・ポール・サルトルの『家の馬鹿息子―ギュスターヴ・フローベル論』です。これを毎週少しずつ読んでいく。一つの単語、一行の文の向こう側でサルトルが何を考え、なぜ、その言葉を選んだのかを徹底み込むような授業で、一年かけて四〇ページぐらいしか進みませんでした。

最初の授業を受けたときの衝撃は今でもはっきりと覚えています。たっぶり九〇分かけて進んだのは、たった一六行。しかし、フローベルが生き、小説を書いた当時の時代背景、ブルジョア家庭の憂鬱から交友関係に至るまで、いかにして名作『ボヴァー夫人』が誕生したか、サルトルの分析を事細かく掘り起こしていく作業が展開されたのです。

書かれた言葉を手がかりにして、サルトルの脳内で行われた思考活動を読み取っていくのですから、それはそれはスリリングで、ぼくは先生の言葉を一言一句聴き漏らすまいと耳を傾け、猛烈なスピードでノートをとりました。

サルトルの超緻密な思考力に触れて、イメージしたのは氷山でした。表現された言葉の裏には途方もない量の思考が埋もれていて、理解するということは、水面下にあって目に見えない膨大な量の氷に手を伸ばし、触れることなのではないかと、メタファーとして氷山を思い浮かべていたのです。

そして、海の下に沈む膨大な思考を類推し、理解することが「読む」という行為であるとするなら、「書く」という行為はその逆でなければならないと考えました。物事をなるべくクリアに考えて氷山全体を大きくすれば、自然に海の上に氷は顔を出す。それがつまり表現ではないのかと。

自分の意見をもたなかったり、ものごとを曖味に考えていたりしたら、言葉は内部からの自然な働きかけによって浮かび上がってこないはずです。浮上したとしてもちっぽけなものになってしまう。海面下に中身が何もなければ、氷山というよりただの浮き袋です。

 

前回の記事はコチラ→【受験に合格しなければならない理由・勉強する意味とは?

 

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